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横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)760号 判決

原告(反訴被告) 横浜信用金庫

右代表者代表理事 鹿島源左衛門

右訴訟代理人弁護士 杉原尚五

被告(反訴原告) 小林富雄

被告 有限会社協和工業所

右代表者代表取締役 武原洵

右被告両名訴訟代理人弁護士 諏訪栄次郎

主文

本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

反訴原告(本訴被告)小林富雄が別紙第一目録(一)記載の土地について別紙第二目録記載の内容の地上権を有することを確認する。

反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)小林富雄に対し別紙第一目録(一)記載の土地について別紙第二目録記載の内容の地上権設定の登記手続をせよ。訴訟費用は本訴及び反訴を通じ、全部本訴原告(反訴被告)の負担とする。

事実

本訴原告(反訴被告、以下単に原告という。)訴訟代理人は、本訴につき「本訴被告(反訴原告、以下単に被告という。)小林富雄は原告に対し別紙第一目録(一)記載の土地につき昭和三一年九月一日指定された仮換地七六坪三合九勺(但し同目録(三)記載の建物の敷地部分三坪を除く。)をその地上にある同目録(二)記載の建物を収去して明渡し、かつ金七三、五〇〇円及び昭和三六年四月一日から右明渡まで一ヶ月金三、六七〇円の割合による金員を支払え。被告有限会社協和工業所は原告に対し前記仮換地七六坪三合九勺をその地上にある前記目録(三)記載の建物を収去し、かつ前記目録(二)記載の建物から退去して明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、反訴請求につき「被告小林富雄の請求を棄却する。訴訟費用は同被告の負担とする。」との判決を求め、被告等訴訟代理人は本訴につき「主文第一項同旨及び訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「主文第二項同旨及び訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は本訴請求の原因及び反訴の答弁として

一、原告は昭和三四年三月一日以前から別紙第一目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を所有しているが、本件土地については横浜国際港都建設計画西神奈川土地区画整理事業(施行者横浜市長)のために昭和三一年九月一日仮換地七六坪三合九勺(以下本件仮換地という。)の指定があつたので、原告は本件仮換地について本件土地についての所有権の内容である使用収益の権限と同一の権限を有するものである。

二、被告小林は原告に対抗し得べき正当の権限がないのにかかわらず、本件仮換地上に別紙第一目録(二)記載の建物(以下本件(一)の建物という。)を所有してその敷地である本件仮換地(但し、後記本件(二)の建物の敷地部分三坪を除く。)を不法に占有し、原告の有する使用収益権限を侵害し、昭和三四年三月一日以降昭和三六年三月末日迄は相当賃料一ヶ月金二、九四〇円の割合による損害金合計金七三、五〇〇円の損害を被らしめ、昭和三六年四月一日以降は相当賃料である一ヶ月金三、六七〇円の割合による損害を被らしめている。

三、被告有限会社協和工業所(以下被告会社という。)は原告に対抗し得べき正当の権限がないのにかかわらず、本件仮換地上に別紙第一目録(三)記載の建物(以下本件(二)の建物という。)を所有し、かつ本件(一)の建物を使用し、両建物の敷地(但し、本件(二)の建物の敷地部分は三坪)である本件仮換地を不法に占有している。

よつて原告は本件仮換地について有する前記使用収益の権限にもとづき、被告小林に対し本件仮換地(但し本件(二)の建物の敷地部分三坪を除く)をその地上にある本件(一)の建物を収去して明渡を求め、かつ昭和三四年三月一日から昭和三六年三月末日までの損害金合計金七三、五〇〇円及び昭和三六年四月一日から右明渡に至るまで一ヶ月金三、六七〇円の割合による損害金の支払を求め、被告会社に対し本件仮換地をその地上にある本件(二)の建物を収去し、かつ本件(一)の建物から退去して明渡すことを求めるため本訴請求に及んだ。

と陳述し、

四、(イ)被告等主張の二、の抗弁事実中被告小林が本件土地について取得した法定地上権を原告に対抗することができるとの主張を争い、その余の事実は認める。

(ロ)原告は昭和三一年五月一五日訴外小野康文に対し金九、五〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和三四年五月一四日、利息日歩三銭、毎月末日限りその月分支払、支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い元利の残額を一時に支払うことなどの約定で貸与し、その際、訴外野村幸三郎はその所有する本件土地について停止条件付代物弁済契約を締結し、右債務の履行を怠つたときは本件土地の所有権を代物弁済として原告に移転する旨の約定をなし、昭和三一年五月二四日横浜地方法務局受付第二三〇二八号を以て原告のため右所有権移転請求権保全の仮登記をした。ところが小野康文は昭和三三年八月一六日以降の利息の支払をしなかつたので、原告は前記約定にもとづき昭和三四年二月一一日代物弁済予約完結の意思表示をしたので、本件土地は同日原告の所有に帰し、原告は同月二七日同法務局受付第九八三三号を以て前記仮登記にもとづく所有権移転の本登記をした。そして本件土地に対する原告の所有権取得の効力は仮登記のときである昭和三一年五月二四日に遡るのであるから、その後である昭和三三年二月一三日なされた被告小林のための本件(一)の建物に対する根抵当権設定登記にもとづいて認められる本件土地上の法定地上権は原告に対抗することのできないものである。

五、被告等主張の三、の抗弁に対し、仮登記にもとづき本登記がなされた場合の物権変動の対抗力について被告等主張のように解するとしても、それは結果的には、物権変動の対抗力が仮登記のときに遡るとの原告の見解と同一に帰するのである。蓋し、被告小林の法定地上権は本件(一)の建物を所有する目的でその敷地である本件土地の所有権を制限するため本件土地上に成立するものであるから、本件土地についての原告のためなされた所有権取得の本登記の内容と牴触するいわゆる中間処分となり、従つて仮登記の順位保全の効力により右中間処分はその効力を失うからである。被告等は更に被告小林の法定地上権は設定契約又は遺言によつて生じたものとは異なり、民法の擬制規定により法律上当然に生ずるものであるから、この点からしても中間処分にあたらないと主張するが、本件土地及び本件(一)の建物の所有者野村幸三郎が本件(一)の建物につき被告小林のため根抵当権を設定したときにおいて法定地上権が潜在的に発生し、競落によつてそれが顕在化したまでのことであつて、それはやはり実質的に一種の処分行為と看做さるべきものである。なお、被告等主張の商工組合中央金庫のための(イ)及び(ロ)の抵当権及び根抵当権はいずれも昭和三五年一一月二八日弁済により消滅したから、右の各抵当権の存在を前提とする被告等の抗弁はその前提を欠き、失当であるのみならず、商工組合中央金庫が前記(イ)及び(ロ)の各抵当権を取得した昭和二七年一〇月当時の本件(イ)の建物所有者は訴外日進工業株式会社であるが、当時の本件土地所有者は野村幸三郎であつたから、同訴外会社が設定した前記(イ)及び(ロ)の各抵当権から法定地上権が発生する余地はなく、従つて右各抵当権の存否いかんが被告小林の法定地上権の効力に消長を及ぼすものではない。

六、被告小林の五、の主張は争う。

と述べた。

被告等訴訟代理人は本訴の答弁及び被告小林の反訴請求の原因として、

一、原告主張の一、事実は認める。二、の事実中被告小林が本件仮換地上に本件(一)の建物を所有しその敷地である本件仮換地(但し本件(二)の建物の敷地部分三坪を除く。)を占有していること、本件仮換地の右占有部分に対する相当賃料が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。三、の事実中被告会社が本件仮換地上に本件(二)の建物を所有し、かつ本件(一)の建物を使用し、両建物の敷地である本件仮換地を占有していることは認めが、その余は争う。

二、本件土地はもと訴外野村幸三郎の所有であつて、野村幸三郎はその地上に本件(一)の建物を所有していたところ、昭和三三年二月一〇日被告小林のため右建物について同被告が訴外又新石油株式会社に対して有していた債権限度額金一、五〇〇、〇〇〇円の債権の担保として根抵当権を設定し、同月一三日その旨の登記をした。その後被告小林は本件(一)の建物について横浜地方裁判所に対し根抵当権の実行にもとづく競売の申立をなし、昭和三四年七月二三日同裁判所の競売手続開始決定を得て同月二五日その旨の登記が経由されたところ、被告小林は昭和三五年一〇月三一日自ら本件(一)の建物を競落し、昭和三六年一月二三日競落代金を支払い、同日本件(一)の建物の所有権を取得し、同月二五日その旨の登記を経由した。よつて、被告小林は同月二三日民法第三八八条により本件土地上に本件(一)の建物所有のための法定地上権を取得したから、前記根抵当権設定登記後である昭和三四年二月一一日代物弁済により野村幸三郎より本件土地の所有権を取得した原告に対し右法定地上権を対抗することができるので原告は本件仮換地について右法定地上権の内容である使用収益の権限と同一の権限を有するものである。しかして、被告会社は被告小林から本件仮換地のうち本件(二)の建物敷地部分三坪を使用貸借により借受け、かつ本件(一)の建物を賃借して使用しているものである。

三、原告主張の四、の抗弁事実中本件土地に対する原告の所有権取得の対抗力が仮登記のときに遡及し、被告小林の法定地上権は原告に対抗することができない旨の主張を争い、その余の事実は認める。元来仮登記にもとづく本登記がなされた場合における物権変動の対抗力は本登記のときから生じ、ただ不動産登記法第七条第二項により本登記が仮登記のときになされたものと擬制される結果、本登記の内容と牴触するいわゆる中間処分はその牴触する範囲内において効力を失い又は後順位となると解すべきである。ところで被告小林が野村幸三郎から根抵当権の設定を受けた不動産は本件(一)の建物であつて、その敷地である本件土地ではなく、従つて、原告主張の本登記の内容と牴触する本件土地そのものについてなされた中間処分なるものは全く存在しないのみならず、本件(一)の建物は原告主張の仮登記の目的物件ではないから、本件(一)の建物について被告小林のためなされた根抵当権の設定及びその登記を目して中間処分となすことは誤りである。また法定地上権は設定契約又は遺言によつて生じた地上権とは異なり、民法第三八八条の擬制規定により法定の要件を具備したとき法律上当然に生ずるものであり、設定当事者間において予め法定地上権の適用を排除する旨の特約をしたとしても、それは無効であるから、この点からしても中間処分にあたらない。仮に被告小林の有していた根抵当権が法定地上権の成立要件を欠いているとか、或いは対抗要件を欠いていたとしても、本件(一)の建物には(イ)昭和二七年一〇月一七日登記、債権額金三、五九七、三一五円、債権者商工組合中央金庫、債務者神奈川県製粉販売協同組合なる抵当権(ロ)同日登記、債権元本極度額金三、七〇〇、〇〇〇円、債権者、債務者ともに右(イ)と同じ根抵当権がそれぞれ設定されており、これらの抵当権又は根抵当権は競売の場合法定地上権成立の要件を具備していたのであるから、競売手続は被告小林の申立によつてなされたものであつても、同被告は原告に対抗することのできる法定地上権を取得するに至つたものである。

四、原告主張の五、の抗弁事実中商工組合中央金庫のための(イ)及び(ロ)の抵当権及び根抵当権がいずれも原告主張の日弁済により消滅したこと及び同中央金庫が右の各抵当権を取得した昭和二七年一〇月当時の本件(一)の建物所有者が訴外日進工業株式会社であり、本件土地の所有者が野村幸三郎であつたことはいずれも認めるが、その余は争う。被告小林が本件土地を競落した昭和三五年一〇月当時には同中央金庫の(イ)及び(ロ)の各抵当権はなお存在していたから、原告の主張は理由がない。

五、被告小林の取得した法定地上権が原告に対抗することのできるものであることは、同被告の前記主張により明らかであり、かつ、右法定地上権の内容は別紙第二目録記載のとおりであるところ、原告は右法定地上権は原告に対抗することができないと主張しているから、被告小林は原告に対し右法定地上権の存在の確認を求める法律上の利益があり、かつ別紙第二目録記載の内容の法定地上権設定の登記手続を求める権利がある。

よつて、反訴請求に及んだ。

と述べた。

証拠として≪省略≫

理由

先ず本訴請求について判断する。

原告主張の一、ないし三、の事実及び四、の(ロ)の事実並びに被告等主張の二、の事実は被告小林の取得した本件土地上の法定地上権が原告に対抗することができるものであるか否か、従つてまた、被告等の本件仮換地の占有が不法であるか否かの点に関する法律見解を除き、すべて当事者間に争いのないところである。よつて右の争点につき検討するに、物権変動を目的とする請求権保全の仮登記にもとづき本登記がなされた場合において、仮登記後に目的物件につき第三者との間になされた諸般の物権変動、いわゆる中間処分は仮登記が本登記の順位保全の効力を有する結果その効力を失い、又は後順位となるものと解すべきところ、被告小林の取得した本件土地上の法定地上権は本件土地について第三者である同被告との間になされた物権変動であつて、いわゆる中間処分にあたると解するを相当とするが、法定地上権の成立を認めた民法第三八八条の法意に徴すると、仮登記の有する前記のような中間処分失効の効力は、本件の場合の如く、当事者間の意思表示により設定せられたものではなく、法律の規定によりその設定を擬制されたいわゆる法定地上権には及ばないものと解しなければならない。蓋し、民法第三八八条は建物の収去、崩壊という社会経済上の損失を防止するという公益上の理由にもとづいて法律を以て地上権の設定を強制するもので、たとい、抵当権設定当事者間において本条の適用を排除する旨の特約をしても無効であると解せられるから(明治四一年五月一一日大審院判決、判決録一四輯六七〇頁参照)前叙のような解釈をすることによつて、はじめてよく本条の法意を実現することができるからである。そうすると、被告小林は本件土地上に取得した法定地上権(その内容は後記認定のとおりである。)を以て原告に対抗することができるものというべきであるから、被告等の本件仮換地の占有は不法ではないことが明らかである。よつて、本件仮換地の不法占有を前提とする原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

次に被告小林の反訴請求について判断する。

被告小林の取得した法定地上権が原告に対抗することができるものであることは本訴において説明したとおりである。そして本訴において述べた当事者間に争いのない各事実によれば、被告小林は本件(一)の建物の所有権を取得した昭和三六年一月二三日に普通建物所有の目的を以て本件(一)の建物を所有するに適当な範囲の土地として本件土地全部について地上権を取得するに至つたものというべきである。ところで法定地上権の存続期間については特別の規定がないから、その定めのない地上権として民法第二六八条に従つてこれを決定すべく、当裁判所は本件に現われた諸般の事情により右地上権の存続期間を、被告小林の主張するとおり、設定の日より満三〇年間と定め、また設定の日以降の地代を同法第三八八条但書の規定に従い、鑑定人影島利邦の鑑定の結果により、同被告の主張するとおり、一ヶ月金五、七三〇円と定め、なおその支払時期を毎月末日と定める。

しかるところ、原告は被告小林の取得した法定地上権は原告に対抗することができないと主張しているのであるから、同被告は原告に対し別紙第二目録記載の内容の法定地上権が存在することの確認を求める法律上の利益があり、また原告は同被告に対し本件土地について右法定地上権設定の登記手続をする義務がある。よつて被告小林の反訴請求は正当としてこれを認容すべきである。そこで本訴及び反訴の訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第二四〇条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨)

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